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国宝臼杵石仏公式ブログ

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想像の眼で観る「金剛力士立像の阿形」

金剛力士立像

金剛力士立像

古園石仏入り口に立つ、2体の金剛力士立像。
古園石仏群を護る、頼もしいガードマンの役割を果たす仏様です。

 阿吽(あうん)の呼吸、と称されるように、2対の像がペアとなっています。

 姿をよく留めている右の吽形に対し、左の阿形は欠損が激しく全体像がなかなか把握できません。
しかし、阿形の下にある4つの岩をじっくり見るうちに、本来の姿を思い描くことができるかもしれません。
これらの岩は、阿形の崩落した一部です。
左の2つが頭部と腹部、向かって右の岩が腰から下と足の部分でしょうか?

頭部分の岩

頭部分の岩

 頭部分の中心に空いた丸い穴を鼻の跡と見ると、斜め右上にある窪みが眼の跡?
更に斜め上にあるとがった部分は、角の跡の様にも見えます。どうでしょう?吽形によく似た勇ましい表情が浮かんできましたか?

見る人によって、別の見方もできると思います。

想像の余地が多い分、オリジナルな鑑賞ができるのも楽しいものですね。

日吉神社の鳥居vs日本・世界の出来事

鳥居

鳥居

鳥居

こんにちは!4月も後半、澄んだ青空がとっても気持ちいい臼杵市です。

今日は石仏内にある、日吉神社の入口の鳥居についてご紹介します。

写真で確認できるかな?と思うのですが、この鳥居には「天明五年」という文字が刻まれています。

天明とはいつごろなのか調べてみると、西暦で1781年~1789年とのこと。

日本の元号では、安永→天明→寛政と続き、この時代の天皇は光格天皇、江戸幕府将軍は徳川家治、徳川家斉でした。

天明5年は西暦では1785年、今からなんと235年も前!

この付近の出来事を調べてみましたよ!

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1774年 杉田玄白 解体新書を刊行
1776年 アメリカ独立宣
1781年 天王星が発見される
1783年 イギリスがアメリカ合衆国の独立を承認
 〃    浅間山大噴火
1785年 天明5年 日吉神社に書かれた年号★
1787年 松平定信 寛政の改革
1789年 ジョージワシントンがアメリカの初代大統領に就任
 〃     フランス革命

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アメリカがイギリスから独立し、ワシントンが初代大統領に就任した頃、日本では、三大改革の一つと呼ばれる「寛政の改革」が行われ、この臼杵の深田の里では、写真の鳥居が現在の場所に設置されました。

235年前の臼杵は、稲葉一族が臼杵を統治ししていた頃で、臼杵城跡を中心に、迷路のように曲がりくねった今の臼杵の街並みの大部分は、この稲葉の時代に形成されたそうです。

歴史の授業で習ったような出来事と臼杵を比べてみると、また見方が変わっておもしろいですね!

厳しくも優しいお不動さん

不動明王というと、憤怒の形相をたたえた厳めしい姿が有名ですね。

大日如来の化身とされ、人の心にまとわりつく迷いや強い煩悩を追放し、悟りへ導くまでは動かない、という強い意志がこの恐ろしい姿に表されていると言われています。

 優しい表情をした仏様が多い中、何となく目に付き易い仏様。昔から「お不動さん」の名で親しまれています。

時には厳しさも必要、いや、それこそが本当の慈悲の心かもしれませんね。

 臼杵石仏にも3体いらっしゃるお不動さん。

まず、ホキ石仏第2群第1龕の向かって右。特徴がよく留まり、判り易い立像です。

ホキ石仏第2群第2龕の不動明王

ホキ石仏第2群第2龕の不動明王

次に、古薗石仏群の向かって左から2番目。こちらは臼杵市内で最も古い不動明王です。

古園石仏群の不動明王

古園石仏群の不動明王

最後に、「見えない石仏」の一つですが、ホキ石仏第2群第1龕の向かって左端(剥落のため、現在は収蔵庫に保管)。どんな姿で立っていたのでしょうか?

頬樹石仏第2群第1龕の見えない不動明王

頬樹石仏第2群第1龕の見えない不動明王

その隣にはやはり見えない石仏である「広目天」のむっちりした足先があります(台座の上)。この場所は、特にもろい状態だったことが伺えます。

 みなさま、Myお不動さんを決めて、時には厳しい一言を受けてみませんか?

 

満月寺の仁王像にも新緑

満月寺の仁王像

満月寺の仁王像

少し肌寒い週末の石仏ですが、参道は新緑の季節を迎えております。

 ホキ石仏第1群から山王山に続く、青い紅葉のアーチ。
「ホーホケキョ」をマスターした鶯の声が響きます。
山際にぬっと現れた黒い塊は、タケノコ。目を凝らすとあちこちに。

青紅葉のアーチ

青紅葉のアーチ

あちこちにタケノコが

あちこちにタケノコが

静かな参道には生命力が漲っていました。

 さて、満月寺前の仁王像にも、新緑が訪れていましたよ。
向かって左の仁王様の胸元からぴょこんと青葉が!

胸元から青葉

胸元から青葉

 この仁王像、正式名称は木原石仏といい、国の特別史跡に指定されています。
制作期は、石仏群より少し新しい鎌倉後期から室町前期(推定)。

鼻を削って飲むと疫病に効くと云われ、鼻が完全に削られています。
代わりに、今度は胸から薬草を出してくれたのでしょうか?

 芝桜も咲いてきました。
新緑の石仏、お散歩コースにいかがでしょうか?

古園石仏からの眺め

古園石仏からの眺め

満月寺住職 蓮の根の仕分け作業

満月寺住職

今日は満月寺の住職さんが、外で作業をしていました。

声をかけてみると

「今日はどろんこ遊びをしよんのよ~」とのお返事。

蓮の時期になると、石仏の蓮畑とは別に、満月寺にもたくさんの種類の蓮が咲き誇ります。

これらは、住職さんがご自分でプランターで育てているものです。

石仏の蓮畑とは広さや育て方が違うので、手入れの方法も違うようです。

去年、私たちを愉しませてくれた満月寺の蓮は、約一年経った今、土の色が真っ黒くなり、ヘドロのようになっていて、かなり臭いです。

その中から、今年花を咲かせてくれそうな、強くきれいな根っこのみを手作業で選んでいきます。

この作業をしないと、古くなったいらない根っこが邪魔をして、花が大きくきれいに育たないそうです。

直径30~50cmほどの、水や泥の入ったプランターはとても重く、動かすだけでも一苦労。

プランター

写真に並んでいるプランターは、根っこを仕分けし終わり、水を全部入れ替えたものです。

この水の下には蓮の根っこが埋まっています。

住職さんは、毎年この作業を一人でやっているそうです。

泥

上の写真のドロドロの塊の中から、しっかりした強そうな根っこだけを取り出します。

取り出したものがこれ↓

蓮根っこ

ぐるぐると折り重なっていたものを広げて、泥を落とすと、きれいな根っこが出てきます。

この写真を見ると思い出すのがレンコン。

「石仏のレンコンはどうしてるのですか?」

などと、お客様からのお問い合わせも時々ありますが、実は、観賞用の蓮には食べられるレンコンはできません。

満月寺住職

「さすがお釈迦様の花やなぁ。こんな泥の中からすーっと伸びて綺麗な花を咲かせるんやけんなぁ。」

「せっかくやけんお客さんに愉しんでもらいてーけん!」

と満面の笑みで語ってくれました。

満月寺を訪れる際は、住職さんのこの笑顔を思い出しながら蓮をお愉しみ下さいね!

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