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国宝臼杵石仏公式ブログ

記事アーカイブ:

紫蘭がきれいに咲いています

シラン

この紫のお花、シラン(紫蘭)というラン科の植物です。

地面から30~50cmほどの所に下を向いて咲き、あまりお手入れをしなくても咲くので、観賞用として庭に植えられることが多いそうです。

毎年この時期に、臼杵石仏のチケット売り場横にきれいに咲いています。

去年も同じ記事を書いたのですが、子どもの頃に道端に生えているこの花を見ながら、友達同士で

——————
「この花、なんちゆーか知っちょん?」
「えー!わからん!」
「おしい!」
「えー?なんで?知らん」
「正解!!」
「えー??」
—————–  

というようなクイズが流行りました。

道端でもたくさん見かけるようになり、今年もこのクイズを出す時期が来ましたよ!

紫色がきれいでとっても映えてます^^

是非しゃがみこんで写真撮影、挑戦してみて下さいね!

 

車椅子でも楽しめる石仏巡り

貸出用車椅子

貸出用車椅子

 臼杵石仏事務所では、車椅子の貸し出しを行っております(無料)。

 通常の車椅子 3台 電動車椅子 1台 *現在取り扱っておりません(R5.3)

 石仏は、一周800m、所要時間30分です。
スローブもあり山王山石仏以外は、車椅子で行くことができます。

 電動車椅子も1台ございますので、介助される方の負担が心配な方はこちらもご利用下さい。操作方法は貸出時にご説明します。

 さて、事務所前のプランターにはミニひまわりが元気に咲いてきました。

プレサマー気分?この時期に相応しい花ですね。

ミニひまわり

ミニひまわり

 参道を流れる小川には白いカラーの花が勢いよく並び咲いています。
花びらに見える白い部分は「仏炎包」といい、葉っぱが変形したもの。実際の花びらはその中にある黄色い芯のような部分です。

「仏炎包」という名は、仏様の背後にある炎の光背に似ていることに由来するとか。
これもまた、仏の里に相応しい花ですね。

カラーの花びらならぬ葉の変形物「仏炎包」

カラーの花びらならぬ葉の変形物「仏炎包」

 みなさま、初夏の新緑や花を眺めながらゆっくりと石仏巡りを楽しんでみませんか?

地元の歌人が詠んだ山王山の釈迦如来像

童顔なれど釈迦の微笑み

童顔なれど釈迦の微笑み

 石仏を案内するガイドさんが山王山を詠んだ短歌です。

 「真下より仰げば吾に迫りくる 童顔なれど釈迦の微笑み」by Mr.Sayo

 山王山石仏は地元の仏師の手による作とされ、素朴で親しみ易い、と言われることが多い仏様です。中でも中尊の釈迦如来像は「子供のような表情」が魅力とされます。
子どもには将来への希望があります。
観る者にとって、そうした明るい活力を与えてくれる山王山のお釈迦様。

この歌は、階段を上りだんだん近づいていくにつれ、かわいらしい童顔という印象から、厳しい修行に耐え悟りを開いた仏としての奥深い微笑みをたたえている、という印象の変化と感慨を詠んでいるのでしょう。そういう想いも湧いてくるのです、この山王山では。

 みなさま、臼杵石仏を巡りながら歌を詠んでみませんか?また、この場で紹介してよろしい作品がございましたら、ぜひお寄せください。

彫り出せないなら、はめ込もう!仏師たちの智慧

下半身は粘土層

下半身は粘土層

 古園石仏群は、他の群とは構造が少し異なっています。
仏体の下半身を見ると、色が黒っぽく見えます。これは、粘土層です。
岩のように硬くないため、仏体を立体的に掘り出すことができません。

 ではどうしたのでしょうか?
下半身部分の型に合わせた岩を周辺部分の岩壁から掘り抜き、柔らかい粘土層に埋め込んでいったと考えられています。

 古園入口に彫られた金剛力士立像も下の方は褐色や黒っぽく見えますが、やはり粘土層のようです。このラインを延ばせば、古園石仏群の仏体下半身部分に重なりそうです。

金剛力士立像も下の方は粘土層

金剛力士立像も下の方は粘土層

 ひと言に「磨崖仏」と言っても、「岩に彫り出す」と「岩にはめ込む」は逆の発想です。
これも、「岩」という天然のキャンバスに仏を表現するための、素晴らしいアイディア。

都から来た仏師たち、木彫りのようにはいかないこの地で知恵を出し合ったことでしょう。勢至菩薩様を始め、智慧を授けてくれる仏様のお力添えもあったのかもしれませんね。

笑う十王様と冷静なお地蔵様

地獄の裁判を表す地蔵十王像

地獄の裁判を表す地蔵十王像

 地獄の裁判を表現しているとされる「地蔵十王像」(ホキ石仏第1群第4龕)。鎌倉時代に制作され、石仏群の中でも最も新しいものと推定されています。

 鎌倉期、争いの絶えない世の中で武士たちは「無常観」・「罪悪感」を意識するようになります。仏の教えに背いた者は地獄に落ちる、という不安の中で最後に救ってくれるのは人間の姿に似たお地蔵様であると地蔵信仰が広がります。仏教に対する考え方も「仏を信じ経をとなえれば極楽浄土へ往生する」という浄土系から「自ら座禅を組み精神を鍛えることで往生する」という禅宗へと移っていきます。ストイックな武士の気風にも合っていたのでしょうね。

 さて、地獄の裁判は、厳しい裁判官である十王像と優しい救い主の地蔵菩薩で構成されています。

しかし、ある時お客様から「笑ってるのですね、十王様」というコメントをいただきました。
よく見ると、右・左側共に笑顔にも見える十王様がいます。

どの十王様が笑って見えますか?

どの十王様が笑って見えますか?

こちらはどうでしょう?

こちらはどうでしょう?

反対に優しいはずの仏様は、いたって冷静な表情をたたえています。

冷静な表情のお地蔵様

冷静な表情のお地蔵様

仏教がインドから中国へ伝わる中で、地獄でも現世でも人々を救うお地蔵様は地獄の王「閻魔大王」と同一視されるようにもなりました。地獄では厳しい顔をしていたのかもしれませんね。

「救う」と「裁く」は、一見すると反対の意味を表すようですが、「裁き」には「無罪」の判断も含まれます。とすると、裁判官も笑顔で「よかったね、無罪!」と判決を出すこともあったのでしょうか?