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国宝臼杵石仏公式ブログ

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唐楓を眺めながら進む参道

唐楓を背景にした入口

唐楓を背景にした入口

11月も終わりに入ると、石仏入口から見る唐楓の木が染まった美しい参道が望めます。
石仏公園の中に数本ある唐楓の木。
絵本の中に描かれているようなメルヘンチックな風景です。
ここをスタートに参道には、たくさんの紅葉風景があります。
ホキ1群から山王山へ向かう道、頭上には1分間のメープルロードが広がります。
足下にはかわいらしい赤い掌のようなモミジが日ごとに敷き詰められて、踏み出す一歩も心愉しくなるものです。
みなさま、この週末、思い思いの紅葉ショットを見付けに、石仏を歩いてみませんか?
わんちゃんをお連れの方もご一緒にお楽しみください(リードと糞の始末はよろしくお願いします)。

「ホキ」って何ですか?

切り立った崖の中、ホキ1群

切り立った崖の中、ホキ1群

「ホキって何ですか?」
臼杵石仏で最も多く受ける質問です。
ホキとは「崖」という意味の地名です。
臼杵石仏群のある場所は、臼杵市大字深田といいます。その中でもホキ石仏第1群・2群のある辺りの「小字名」が「ホキ」となります。

深い田んぼの崖の中、自然の形態を表したグループ名ですね。
日本語には珍しい響きから、不思議な感覚を与えるのでしょう。
ホキ2群、ここも崖

ホキ2群、ここも崖



山や谷では切り立った崖、川では流水の衝突する川崖に付けられています。「ホケ・ボケ・フキ・フケ」等に転化したものもあるとか。
中国・四国・九州に多く分布し、四国は吉野川の「大歩危・小歩危」は有名ですね。お隣、熊本県の阿蘇には「保木ノ本」があります。
地名には危険を知らせる役割もあり、「ホキ」もその中の一つとされています。
そんな場所に石仏が並んでいるのは、何とも有り難いものです。
900年もずっと護られている、深い田んぼの崖の中。
みなさまのお近くにも神社仏閣に護られている「ホキ」、ございますか?
切り立った崖、ホキ1群横

切り立った崖、ホキ1群横

60年ぶりの石仏一人旅

先日、年配の男性が一人で臼杵石仏にいらっしゃいました。
入り口で「60年ぶりに来たから楽しみにしています」と言われ、少し世間話をしました。

〇〇年ぶり、とお話してくださる方は多く、「修学旅行で来たよ!」「新婚旅行で来た!」「教科書に載ってたよね?」などとよく言っていただきます。

いろいろなお話がある中で、「60年ぶり」という方も実はそんなに珍しくはありません。

ただその方は、前回来たのが22歳の時で、石仏をまた見たいとずっと思っていたけれど、なかなか機会がなく、今回になった、と。

歳もとって危ないからと家族に運転免許の返納をと言われていて、福岡から最後の一人旅の目的地として、ここ臼杵石仏を選んだ、とのことでした。

「まだその頃は参道もなくて、竹藪の中の狭い道を上がっていったんよ」

臼杵市民にとって身近な石仏を最後の一人旅の目的地として選んでいただけたことはとても光栄です。

しかしながら、このおじいちゃんはこの旅行を終えたら、もう1人で運転して旅をすることはないんだなぁと思うと、最後の目的地に選んでいただいた嬉しい気持ちと、なんとも言えない切ない気持ちが入り混じって、なんだか複雑でした。

お客様の中には様々な思いや事情と共に来られる方がいらっしゃいます。
臼杵石仏は約900年の間、同じ場所で風雪に耐え、多くの人に大切にされ、愛されながら、人々の思いや願いを聴いてくれています。

紅葉シーズンです。お散歩がてら是非臼杵石仏へお越しくださいね^^

写真はいつかの石仏からの風景です。

虹が出ていました^^

虹

仏も紅葉

11月らしい曇り空が広がる中、参道は木々に明るく照らし出されております

朝晩の冷え込みで、日ごとに深まる紅葉。
数日前の暖かな雨で、鮮やかに発色した石仏。

臼杵石仏の数カ所では、湿度と気温が急に上がると色が濃く浮かび上がります。紅葉とは逆の条件のようですね。
しかし、しっとりと黒く染まる仏体に朱や山吹色が鮮やかに発色する様子は、正に「仏の紅葉」。独特の美しさが漂い、何だか魅了されてしまいます。

地蔵十王像

地蔵十王像

色を見るなら、ホキ石仏第1群がおすすめです。

通常でもカラフルな地蔵十王像がやはり目立ちますが、お隣の小さな大日如来様(美仏内閣の総理大臣)がいる第3龕も煌々と光を放っているようでした。

小さな大日如来像

小さな大日如来像

 また、一番のイケメンと称される第2龕の阿弥陀如来様(官房長官です)も凛々しさを増しているようでした。

色付いて凛々しさが増す阿弥陀如来像

色付いて凛々しさが増す阿弥陀如来像

 年に数回、不定期に訪れる「仏の紅葉」晩秋編でした。

台座時代の大日如来様は伏し目ですら気持ちが通じ易かった?

 

 

長年の間、「石仏の顔」として親しまれてきた落下した大日如来像の頭。

 台座に安置されていた姿が印象的で、石仏を訪れた多くの人々の記憶に今なおとどまっているようです。

 昔は覆い屋も簡易であったため、もっと近くに感じられた、という声も多く聞かれます。
当時の写真を眺めていると、確かに人との距離は近かったのだろう、と思います。
一方で、視線を合わせることは難しかったのでは?という思いが湧いてきます。

 現在では、少し腰をかがめて下から眺めることで、大日如来様と視線を合わせることができます。正面に立っただけでは目はなかなか合いません。それだけに、下からお顔を見ると何とも心が近付いたような気持ちになるものです。

 

しかし、頭が落下していた時代にはまた別の「身近さ」が漂っていたのでしょうね。

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