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国宝臼杵石仏公式ブログ

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蓮の種 成長日記③

20日過ぎ、丸い葉っぱが現れました

20日過ぎ、丸い葉っぱが現れました

水に落として、20日過ぎの様子です。
数日前から丸い葉っぱが見られるようになりました。

 茎の先端のつむじのような部分が徐々にほどけるようにして、丸く開いていったようです。

この部分が丸い葉になります

この部分が丸い葉になります

 

わずか3センチほどの葉ですが、どこから見ても蓮の葉っぱですね。

始めは黒い種だった物体が、わずか1ヶ月足らずでこんなに成長するとは。
水に漬けるというちょっとした想いと作業が、生命力を吹き込んでしまったのですから、嬉しさと責任が入り混じったような感慨を抱かされました。

過ごしやすくなってきましたね

田の神様

日中はまだまだ暑いですが、朝夕は涼しくなり、空気も乾燥してきて、だいぶ過ごしやすくなりました。

7月のウォークラリーのポイントの一つになっていた、にっこり笑顔の田んぼの神様。

見ているこちらまで笑顔になってしまうこの石仏ですが、周りに彼岸花が咲いていて、秋を感じられて素敵だなぁと思って写真を撮ったのですが、明るい部屋の中で写真を見てみると、彼岸花がボケていました。

残念。笑

今日は、市内のいくつかの小学校で運動会が行われているようです。

練習の様々な音、笛の音、太鼓の音、徒競走のピストルの音…を聞くと、運動会なだぁ、秋だなぁと感じます。

秋の風景を探しに、のんびりお散歩がてら、是非臼杵石仏へお越しくださいね~!

彼岸花

彼岸花

 

お彼岸の深田の鳥居

彼岸花がかわいらしい深田の鳥居

彼岸花がかわいらしい深田の鳥居

石仏入口の田んぼの中に立つ大きな鳥居。
足下の彼岸花が金色に染まる稲穂と共に、鳥居を彩っています。

朝陽に夕陽にと照らし出される、美しい田園風景。

 この鳥居は、石仏群と同じ凝灰岩でできており、制作年代は鎌倉時代から室町時代、と推定される古いものです。

額束(上部横にかかる笠木を支える短い縦の石)に「王」の字が刻まれていることから、山王山石仏の上にある日吉神社(別名「山王社」)の鳥居であったと考えられています。

 ホキ石仏第2群前に点在する石塔も、同時期に参拝者が積み重ねていったものとされます。

ホキ石仏第2群前の石塔

ホキ石仏第2群前の石塔

中世の参拝者も同じような秋の風景を眺めながら、この鳥居を通ったのかもしれませんね。

 改めて、臼杵石仏が長い時を経て在り続けることに気付かされます。

 明日は秋分の日。みなさま、穏やかな秋の一日をお過ごし下さい。

蓮の種 成長日記②

10日目の様子

10日目の様子

約10日前、水にぽとんと落とした蓮の種、3日後に芽が出ました。
その後、蓮畑の泥を汲んだバケツに植替えたところ、20センチほどに成長しております。
毎日、見る度にぐんぐん伸びていきます。
ちょっと細いので、泥に埋もれてしまわないかと心配ですが、さすがは蓮、上手にくるっとうずを巻きながら伸びている様子。
通常、3年間かかるといわれる開花までの期間ですが、早いケースでは1年で咲かせたという話もあります。
さて、この令和3年9月生まれの幼い芽、何年後に大輪の花を咲かせてくれるかな?

秋のお彼岸とホキ石仏第2群

秋晴れの石仏

秋晴れの石仏

連休初日、臼杵石仏では秋晴れの空が広がっております。

 今年も秋のお彼岸が近づいてきましたね。
2021年秋のお彼岸は、秋分の日(9/23(木・祝))を挟んだ前後3日間、
9/20(月・祝)~9/26(日)です。

 仏教の世界では、この世(此岸)は東に、あの世(彼岸)が西にあるとされています。

秋分の日・春分の日は、太陽が真東から昇り真西に沈むことから、この世とあの世が最も近づく日と考えられています。

 臼杵石仏でも、こうした構想を見ることができます。

ホキ石仏第2群第2龕 真ん中の阿弥陀様の額に朝陽が射す

ホキ石仏第2群第2龕 真ん中の阿弥陀様の額に朝陽が射す

ホキ石仏第2群第2龕には九品の弥陀という阿弥陀如来様が並んでいますが、その真ん中に座る阿弥陀様の額に秋分の日・春分の日には、朝日が射すのです。

九品の弥陀(彼岸)から見た満月寺方面(東・此の世)

九品の弥陀(西・彼岸)から見た満月寺方面(東・此の世)

 九品の弥陀は、人が亡くなった後、西方にある極楽浄土へ導いてくれる仏様です。人の一生を太陽の軌跡になぞらえて、この世からあの世へ、すなわち東から西へ、という太陽の動きが石仏群の配置に示されているのですね。

 平安時代にこうした計算を組み込んだ設計がなされていたことを考えると、改めて石仏群を造営した仏師集団の質の高さを思い知らされるものです。

 さて、今年のお彼岸、みなさまがご先祖様の供養や故人を忍びながら、穏やかな時間を過ごされますよう、仏の里より願っております。

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