仏の耳
仏像の耳が大きいのは、衆生の声を漏らさず聴くためだそうです。
今回は実在の人物がモデルとなった釈迦如来様の耳を見てみます。悟りを開いた後の耳を見ることで、人間と仏の耳に違いがあるのかが分かるかもしれません。
まず、ホキ石仏第1群、第1龕の釈迦如来様、顎の少し上まででしょうか?あまり大きくない印象は、細長いから?欠損が激しいためか、その表情に衆生の苦しみをたたえているような、人間らしさが感じられます。耳も仏というより人間と変わりないように見えます。
仏の耳は通常、手と同じくらいの大きさに造られているそうです。確かに、欠損を免れた「畏れることはない」という意味の施無畏印は、反対側の耳と同じ大きさですね。
しかし、多くの人間の手は耳より大きいもの。やはり仏の耳です。
続いて第3龕のお目々ぱっちりの釈迦如来様は?
顎くらいの長さで、中央がキュッと窪み裾がピンと外向きです。顔の他のパーツ同様、整った印象を受けます。こちらも、施無畏印の手と同じ大きさなので仏の耳です。
山王山のお釈迦様を見ると、大きなイメージ。長さというより幅でしょうか?お顔全体が大きく立体的に掘り出されているのでそう見えるのかな?しかし、少し手より短く見えるような。地元の仏師作だけに村人がモデルだったのかもしれませんね。
さて、古園石仏に到着すると大日如来様の耳の大きさが際立って見えました。
顎のラインを大きく超えています。顎が扁平に彫られているので、耳が長くなるのかもしれません。このスタイルは、平安末期から鎌倉期に京都で多く見られたそうです。
臼杵石仏の制作年代を考察する際には、多くの専門家が耳を観察したことでしょう。横から斜めから耳耳耳・・・・。仏様はその研究議論をどの様にお聞きになっていたのでしょうね!
それにしても、山王山以外の釈迦如来像は手と耳の大きさがほぼ同じだったので、やはり悟りを開き仏になった後は耳が大きくなるということなのでしょう。